3000年前から続く、与論の歩み


紀元前1000年    口伝ではあるが今から3000年前から人が住んでいたといわれています。

西暦650年頃     推古天皇の時代には大和の国に帰属していたと言われその時代を「奄美世」と呼ばれています。

1266年・文永3年  琉球国の英祖王が善政をしていいたことから、琉球王に朝貢しその支配から入ります。

            その時代は「那覇世」と呼ばれています。

1525年・大永5年  又吉按司が与論島主となります。

1561年・永禄14年 今も続く「十五夜踊り」が始まります。

1610年・慶長15年 薩摩藩の所属となります。

            大島の大和浜でサトウキビの栽培が始まります。

1682年・天和2年  蘇鉄(ソテツ)の植栽が始まります。

1691年・元禄4年  当時の人口は1294人でした。

1799年・寛政12年 約100年で人口が3倍近くとなり3357人になりました。

1824年・文政7年  金毘羅神社を桧垣石垣上に建立しました。

1869年・明治2年  高千穂神社を建立しました。

            この時期には、宗教的にも薩摩の影響を大きく受けています。

1873年・明治6年  初代戸長に鶴政信氏が就任します。

1875年・明治8年  沖永良部支庁の管轄となります。

            一般の人にも名字がつけられるようになりました。

            与論に初めて学問所が開校します。

1877年・明治20年 与論簡易小学校になります。

1908年・明治41年 与論村となり村役場が設置されました。

1931年・昭和6年  動力製糖工場や精米所ができます。

1936年・昭和11年 村営汽船・与論丸が与論・沖縄間に就航します。

1946年・昭和21年 敗戦後にアメリカ合衆国統治下におかれ日本から分離されました。

1953年・昭和28年 与論島はじめ奄美群島が日本に復帰します。

1955年・昭和30年 与論町に初めて診療所が開設されます。

1957年・昭和32年 村営発電所ができ、家庭でも電気が使えるようになりました。

1958年・昭和33年 テレビも見れるようになり、電話も開通しました。

1964年・昭和39年 茶花・立長に町で初めて簡易水道施設ができました。

1971年・昭和46年 「十五夜踊り」が、県の無形民俗文化財に指定されました。

1974年・昭和49年 大自然の恵まれた環境が認められ、与論島国定公園に指定されました。

1976年・昭和51年 与論空港が開港しました。

1983年・昭和58年 町制施行20周年を記念し町民憲章・町花・町木・町民音頭が制定されました。

1984年・昭和59年 ギリシャ国・ミコノス市と姉妹盟約を締結しました。

1992年・平成4年  第1回ヨロンマラソンが開催されました。

1997年・平成9年  ギリシャ村が開村それました。姉妹都市エコノスが再現されたようです。

2002年・平成14年 「パウナル王国の環境憲法」を策定しました。

2003年・平成15年 品覇海岸沖に海中宮殿が完成しました。

2006年・平成18年 与論牛がブランド牛として人気を博します。

2007年・平成19年 「与論町ヨロン島サンゴ礁条例」が制定されます。

2009年・平成21年 ヨロン特産品支援センターが開設されました。

2011年・平成23年 与論十五夜踊450周年祭が開催されました。


北海道は仁木町のオシャレなケーキ屋さん。

沖縄のすべでがそろうアンテナショップ。

昔懐かしい羊羹発祥の地「小城羊羹」の老舗。

鹿児島市は志布志の県産原材料にこだわった食品メーカー。


鶏の食文化が深く根付く宮崎で、手作りにこだわり素材・味付けすべて独自のノウハウで作り上げる自慢の鶏料理店。

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北海道展のステーキ弁当の老舗。十勝ワインに漬け込んだ道産牛が美味。

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有限会社 まるたか

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与論自慢の味を「ふるさと祭り東京」でご紹介します。